慈眼寺 副住職ブログ

「希望」という名の精神

先日、バドミントン全英オープンで奥原希望選手が女子単で女王に輝きました。

日本人女子による全英制覇は新沼謙治夫人、湯木博恵以来39年ぶり。
今でこそ全英OPはファイナルシリーズの一つでしかありませんが、もともとは世界選手権だった世界最高峰の大会。
湯木さんはこれを4度制覇しているからもはや伝説の選手としか言いようがないのですが、奥原選手も間違いなく偉業を達成されました。

他にも女子複の高橋・松友ペアも優勝。男子複でも2位と、日本勢が大活躍でした。日本は置いておいても、林丹の男子単は圧巻でした。すごかった。

ですが。ここは敢えて古参ファン気取りのうっとうしい雑感を言わせてください。

高橋松友ペアは本物の実力者。世界ランキング1位になったこともあり、直前のランキングも3位。知名度の高かったオグシオと比べるのは失礼といってもいいんです。(もちろん彼女らの時代といまでは強化体制が雲泥の差ではあるので、単純比較はできませんが)ある意味でその勝利は順当と言っていいものです。もちろん彼女らからしても簡単なことではないのですが。試合内容ももちろんJスポで見ていましたが、圧勝といっていい内容でした。相手は10点とるのがやっとでした。完璧な横綱相撲でした。今回は勝ちあがれなかったですが、男子単の桃田選手は世界ランキング3位。ジュニアの世界でも日本はトップレヴェルです。日本がこのような好成績をおさめるのは久しぶりのことで、めでたいことですが、突然起きた珍事ではない。驚くには値しません。

そして奥原さん。

正直、バドミントンというのはやって面白いけど、見て面白いとは正直思いません。テレビとか寝ちゃうときあります。男子はパワーすごすぎて男子バレー並につまらない。(林丹はやっぱり魅せるけど。)女子はラリー長すぎてつまんない。おススメは女子ダブルスくらいかな。

で、奥原さん。

彼女ももちろん実力者です。昨日いきなり勝ったみたいな報道は心外です。

もとはといえば高校2年時に全日本女王になり、「スーパー女子高生」としてこの世界では超有名人だった子です。
いっときは膝を痛め、手術までしましたし、そのさらに下に現役の「スーパー女子高生」山口茜さんが出てきたために、影が薄くなった時期がありましたが、リハビリ中に体幹トレーニングでひとまわりゴツくなって復帰。直近の世界ランキングは8位。
去年のスーパーシリーズの年間王者を決めるファイナルズでも優勝しています。つまり最新の年間世界女王なんです。

だからこの人はすごい人なんです。ある意味驚くべき結果ではない。

でも、彼女のよさはそこだけじゃない。

彼女のプレーには「精神」が見える。

力でも技でもない。「精神」が白い羽根をひたすら追っているんです。
何というか、弓道や古武術のようなたたずまいやまなざしが本当に緊張感を感じさせ、おもわず息を呑みます。(同じような感覚をもっと濃縮して感じるのは卓球の平野早矢香選手ですが、今日引退のニュースが入り、ショックです。)

何がいいって、彼女は本当に礼儀正しい。僕らも試合のときは相手に礼はもちろん、主審に礼、線審に礼、そしてコートチェンジではコートに入るときと出るときに礼、です。当たり前です。自分の生徒が審判でもします。

ですが、世界大会となると審判の数が多い!主審は一人ですが副審がいて線審なんかタテ担当とヨコ担当がいてもう何人いるかよくわかりません。国際大会出たことないから!とりあえずうじゃうじゃいる審判にいちいち礼をしたらどうなるか。「君は時計の秒針か?」と突っ込みたくなる動きになります。

そして彼女はそれするんです。

数えました。セットが始まるたびにに最低7回はしてました。コートチェンジでも毎回礼。
こんなの日本人でも珍しいくらいです。部活のまんま。世界の舞台で部活してる。

そこだけで僕は涙が出ました。

派手なガッツポーズもしない。とんでもない速いショットも(このレヴェルでの話ですが)、ない。
かといってひたすらクールでもない。ときにはコートに倒れて悔しがる。たまに声をあげて喜ぶ。決めたときには小さくガッツポーズ。繰り返しますが決してクールじゃない。心が何度折れても、最後までは折れない。そして、何事もなかったように立ち上がって、戦う。

その姿からどうしても目が離せない。

この試合中も相手の王適嫻は世界ランキング5位。彼女も昔から見てます。強い選手です。ショットでは完全に彼女が上でした。どうも試合中ずっと右サイドの攻撃が外に逸れる傾向がなかなか修正できていませんでしたが、随所にさすが王国中国とうならせるシーンがありました。ダブルスもそうでしたが、中国選手はコートを広く使ってのクロス攻撃が相当エグかったですね。奥原さんが明確によかったのはネットショットでした。

1セット目は完全に奥原ペース。「あれ?」というほど簡単にとりましたが、2セット目がきつかった。
奥原さんのエースショットが悉くわずかに外れることがたびたびありました。全英制覇がかかったプレッシャーでしょうか。
そのズレの精神的ダメージが重なったのか、2セットは落としました。

そしてファイナルセット。
これも途中から先行される苦しい展開。17点とられたときは「もうアカン・・・」と私なんかは思っていましたが、奥原さんは全然諦めていませんでした。
あれよあれよと追いつき、17-17。試合中ずっとイライラしていた王適嫻は度重なる時間稼ぎ。会場のブーイングも無視してさらに時間を稼ごうとしたところでレッドカード。この勝負所での1点のペナルティーは大きかったように見えました。

試合後、王適嫻は「「はっきりとした基準が必要です。相手も同じように(遅延を)していましたが、警告を受けたのは私だけでした。ただ、それについては申し訳なく思います」、と納得がいかない様子で、マスコミでも「物議をかもす可能性がある」と指摘していましたが、私はそんなマスコミに言いたい。

「本当にちゃんと試合を見ていたのか?」と。

奥原も2セット目に汗をふきにいって会場がブーイング。注意を受けたがすぐやめた。
王適嫻も2セット目に指を気にして何度も中断して注意を受けた。だが、やめなかった。そこですでにイエローカードが出ていた。

その伏線で3セット目に時間稼ぎ。会場中のブーイングにもさらに時間を稼ごうとしたところ、主審が苦笑いして胸元に手をやって威嚇。それでも王適嫻はプレーに入らず、レッドカード。

私の目には主審のジャッジは極めて公平でした。スポンサーがヨネックスとか関係ない。女子ダブルス決勝での主審のサーブフォルトの二本目の方が判断に迷う程度です。あれはとらなくてもよかった。

そもそも、「自分が悪い」と認めたなら、話はそれで終わり。道徳や倫理という問題は、それが社会でのあり方であると同時に、最後は自分の中だけの問題でもあります。「相手もしているのに」というのは子供の言い訳。「相手はしている、だが、私はしない」という精神性がそこにはない。

王適嫻はそのまま粛々とプレーしていれば難なく勝てた試合でした。美しい顔の選手ですが、いらだちに顔をゆがめ、審判に抗議し、ラケットを床にたたきつける。リードしている人間には見えませんでした。

問題のペナルティーのあと、奥原選手のプッシュに対しても「オーバーネット」の抗議。スローで見ましたが、完全なセーフ。全くネットに当たっておらず、ネットを越えてもいません。そもそも、正面にいる彼女にそんなジャッジはできない。でも、「言ったもん勝ち」、「とってくれれば儲けもの」ということなのでしょう。

王適嫻選手はあの中国の代表選手ですから、それはもう強い。しかし、ずっと順風満帆だったわけではないです。あの中国のナショナルチームに残るのはものすごい生存競争です。一度は代表の主流から外れ、試合としては格の低い試合で日本に来たこともあります。中国は社会主義の国ですが、その内実はどの資本主義の国よりも富の分配が不平等な国です。この社会でプロスポーツ選手になるということは、勝てばすべてを得、負ければすべてを失うことを意味します。コート内の競争がそのまま生存競争なのです。かかっているのは国家の威信などという生易しいものではない。

ですから、彼女が必死なのも分かります。オリンピックでは日本のような生ぬるい考え方では、今回の優勝がかえってプレッシャーになって、中国が雪辱する可能性の方が高いかもしれません。

しかし、しかし、それでも。

今回、「あの18点目」に関して、奥原選手が注目すべきコメントを残しています。

「それはとるに足らないことです」

と。

おそらく彼女が逆の立場でもそう答えたのではないか、というのは、ひいきの引き倒しでしょうか。

1時間半。

数センチずれたショットに肩を落とし、床に何度も這いつくばって肩で息をして、また立ち上がり。
私なら一瞬で終わるような超絶技巧の何十ものラリーを重ねてようやく1点をとり、それを1時間半続け、58点重ねて勝利した。気が遠くなるほどの努力です。

こんな人が1点を軽く考えているはずがない。

58分の1だから軽く見たのではない。

彼女が「取るに足らない」と言ったのは、なんだったのか。

プレー外のことにかかわることはすべてどうでもいいのです。

そのかわり、プレーにかかわることにはすべて敬意を払う。
相手にも、主審にも、副審にも、コートにも。

試合が終わってからあれがおかしい、これがおかしい、あいつも悪い。
「取るに足らない」のは何なのか。

 

試合を決めた瞬間倒れこむ奥原選手。
しかしそのすぐあとには立ち上がって、会場中に礼をしていました。

彼女の姿は、論語の国の13億の住人に

「是礼也」

と高らかに宣言する姿だったと思います。

 断っておきますが、私は「○○の民度が低い」などという類の戯言に与する人間ではありません。
日本人でも見ていて気持ちの良くない選手はいます。中国でも気高い選手はいます。国籍は関係ないです。王選手の追い込まれた気持ちも分かります。「○○人」とメンタリティーを一般化するのは一番愚かな人間のすることです。あくまで問題は奥原選手、王選手個人のあの試合での態度の話をしています。

 

素晴らしい試合だったことは確かですが、強くて気高い精神同士がお互いを讃え合うような、もっと素晴らしいものを私は見たくて。

だから金がとれようがとれまいが、甘ちゃんだと言われようが。

私はそんな奥原選手の「精神」を見たくて、いつも彼女の試合を見ています。