慈眼寺 副住職ブログ

政治の話

政治と宗教とプロ野球の話はダメ!という田舎に住んでいます。副住職です。
今日はその中の一番ダメな「政治」の話。選挙直前のこの時期に敢えての。

もうなんか歴史上もっともグダグダなんちゃうか?旧憲法時代の方がひょっとしたら政党政治機能してたのでは?という疑問も起こる中、一つの悲しいニュースが。

谷垣氏が引退を決断 秘書「解散がもっと遅ければ…」

我らの総裁、谷垣さんが政界引退。

ロードバイク乗りの我々としては、あの事件以来「谷垣さんみたいなるで!もうやめとき!」とかおばあちゃんに言われてちょっと困ってはいたのですが、しかしですね、やっぱりいい人ですよ。

見てください。この純粋な笑顔。

政治の世界にずっといると、人相が悪くなる人が多い。
元民主党代表のあの人なんて、若い頃はきれいな顔してはったのに、なんかだか様々なお疲れが顔に出て、見ているのがつらい。テレビによく出る某元市長なんてもう、人相が完全に悪相と言っていい感じになってしまっている。あ、大阪の人じゃないですよ。

谷垣さんはその点本当にいつまでも爽やか。

「加藤の乱」で涙流してたころと全くおんなじ。「アンタが大将」と言われてた当の本人も、頭は良くて、実は運動もできたカッコイイ人なのに浮かび上がれませんでしたが、この人もツキがなく、自民党の総裁まで務めながら、「趣味がたたって・・・」みたいな散々な言われよう。

事故の状況もよくわかりませんから軽々にモノを言うべきではないと思います。ゴルフならいいのかと。だいたい忙しいから滅多に乗れてないのは身体をみればよくわかります。たまに乗れたときにこんな事故。なんとも言いようがありません。

ただ、運はないかもしれないけれど、この人は何事も「スジ」を通す政治家だった、ということだけは言えるかもしれません。政治理念も、趣味も、引き際も。

「スジ」なんていう言葉はもう時代遅れの抽象的な感じがしますが、要は「原理原則」ですよね。プリンシプルです。白洲次郎も言ってます。「プリンシプルのない日本」って。今も昔もスジが通ってないんですかね。

いや、本当一本スジが通ってるって、大事なことですよ。もう正直、政治家なんてそれだけなんちゃうかなと思います。

この急な選挙の欲望と打算の渦の中、やっぱり「筋が通ってるな」と感じられる人は、際立つ気がします。

ただただ選挙に通りたいだけの人。筋を通してるつもりが、言葉は重々しくても、全然響かない人。人を地獄に突き落としておいて「責任を感じる」とか言ってても、「ああ、この人は、鈍感なだけなんだな。」と思ったりします。じゃあすんなよと。それがスジですよね。

もうそういう汚い打算や欲や鈍感や嘘でグニャグニャ曲げられる「スジ」を散々毎日見せられて、「でもコレが政治だ」というのも一面の真理なのではあるのですが、そんな中、やっぱり私には「ほんとうらしく」見える言葉が輝いて見える。

響きのいい言葉や、耳目を集める言い回しで気取ってセリフを吐いても、やっぱり「ほんとう」がない人というのは、わかる気がします。

私が思う「ほんとう」がほんとうであるかどうか、また、他人にとってもそうであるかどうかには全く保証も何もあったものではない、ひどく主観的な感覚ではあるのですが、

「ああ、この人は真面目なんだな。スジ通してるな」

と感じられる人は、左右とか政党に関係なく、やっぱり少しはいるもんです。

ちなみに谷垣総裁の事故直後の最初の言葉は、

「自転車を直せ。」

いや、もう何があっても、谷垣さんが復帰したら一票を入れよう、そう心に誓える、「ほんとうらしい」言葉であります。

政治復帰よりなにより、真剣にお身体の御快復をお祈り申し上げます。