慈眼寺 副住職ブログ

ハラァいっぱいだ。

本日、某高バドミントン部コーチを今年度で辞めることを、初めて部員の前で伝えました。

2008からこの学校のコーチを始めたので、まるまる10年経ちました。
別の学校でコーチ自体を始めたのはさらに2年前なのでコーチ歴12年。干支が一回りしてしまいました。

正直、ただただバドミントンが好きなだけの普通の30代だった私。

生徒に誘われるままにコートに入って一緒に練習したのが始めで、この学校のコーチも、最初はちゃんとした強いコーチがいたので、お手伝いするふりをしながら、一緒にタダで打たせてもらおうというちゃっかりした気持ちで始めたところ、コーチがすぐに退職。そのあと結局ずっと他に見てくれる方もいないので、授業をしながら毎日遅くなるまで練習して帰る日々。やがて母が亡くなり、お寺との兼業のために距離的、時間的な問題でこの学校を退職するのを機にすっぱり辞めようとしたものの、後任が見つからず、結果、職場が変わったのに、バドミントンだけときどき教えに来るという変なことに。その他にも辞めることになりそうだったこともあったのですが、まわりの援助やお口添えでなんとなく続き、結局10年。

このように、始めたときから今まで、自分が「コーチ」と呼ばれるなんておこがましいし、恥ずかしい。チャンスさえあればもっとちゃんとした人に引き継いで辞めよう、とずっと思いながら、なんとなく続いてしまいました。

自分はインハイでたとか、どこどこで何位とか、そういう勲章みたいなものは何もなくて、ただただ自分が好きだからやってるだけでしたので、そんな自分ができるのは、一緒にコートに入って汗をかいて、メンバー決定とか、もめごととか、生徒同士だと解決できない問題を、嫌われ役になって理不尽な感じでオラオラ!とスッパリ決めることで、キャプテンなんかがやりやすいようにすることだけ、考えていました。

ですから、ときどきクラブでやっかいごとがあったときに、「先生が決めたことならみんな納得します」と言ったもらえたことが、本当に有難かった。

本当に、みんなよくできた部員で、正直お世辞にも文科省お薦めのコーチではなかったのですが、私の意図をよく汲んで、私なんかの指示によく従ってくれました。もちろん10年もあれば事件やもめごともいっぱいありましたが、そのたびに生徒が自分で解決していってくれました。

本当はもっと早くに生徒に伝えるつもりでしたが、父の入院後、1か月ぶりに部活に行くときに、「みんな、どう思ってるのかな?」とビクビクしながら体育館に入ったところ、いつも通りに私に向かってみんなが挨拶をしてくれて、あまりにいつも通りなので、なんか別れを言い出せなくなってしまい、その日はそのまま帰ってしまいました。なんか別れを切り出せない優柔不断な彼氏みたいでカッコ悪い(笑)

学校からは、ありがたいことに月1回でも、半年に1回でもいいから、名前を残しておいて、来たいときに来てくれたら、と言ってもらえましたが、一番コーチにいてほしい4月5月の新入部員の時期にいないコーチなんて、存在意義がない。それに、現状の週2回ほどでも「もっと来てあげたいのに」と忸怩たる思いなのに、これ以下になったら、自分で自分を許せないと思い、きっぱり辞めることにしました。一流プレーヤーじゃないですから、一流じゃないなりのやり方と言うか、二流でも二流なりのこだわりと言いますか、けじめと言いますか。ですから、新3年生の引退までときどき顔を出し、3年生と一緒に引退、というのが、一番スッキリするなと。

整列した部員の前で辞めることを告げていると、なんというか、目の前の部員を相手にしているんですけど、不思議と昔の代々の部員がずらっと並んでるような、変な感じがしました。10年といっても、それぞれに1年から3年までいますから、12代くらいの部員を見てきたことになります。常時20人くらいはいたので200人以上ですか。初心者がほとんどのクラブでしたが、そういう子こそじっくり、しっかり時間をかけて、厳しい分、愛情をかけて育てたつもりです。自分がたいして上手くないけど、バドミントンが好きなので、この楽しさが伝わるように、それだけを考えた10年間でした。

男子高校生のシングルス、正直もうきついし、45歳で辞めようとは思っていましたので、2年ほど早まりましたが、まぁ来るべき時が来たのかなと。

名もないつまらないプレーヤーですが、部員たちが恥ずかしいような顧問でありコーチにはなりたくない、と、少しでも上手くなれるように、体力も落ちないように、自分でも練習を続けたおかげで、年を追うごとに上手くなれた部分や、体力を維持できた部分もあり、私が彼らに与えたもの以上に、彼らからもらったものが多い。

学生時代に完全燃焼できなかった悔いをずっと腹の底にとどめながら、心に空いた穴を埋めるように、バドミントンにしがみついてきました。毎年入ってくる、子供たちのキラキラした姿を見て、怒鳴ったり泣いたり笑ったり。気が付けば、お腹がいっぱい。

私なんかに10年も付き合ってくれたすべての部員に、ただただ、ありがとう。